ライターとして幅広い視点と深い洞察が加わる「ファクトチェック」
真偽不明の情報やフェイクニュースが飛び交う時代において、情報を鵜呑みにして誤った行動をして損害を負うことになったり、第三者に誤った情報を伝えて信用を失墜するような事態になったりしては悔やむに悔やみきれません。ことライターにおいて、誤った情報を記事に書いた場合、プロの書き手としての資質を問われるのはもちろん、一般読者に誤った情報を伝えることになり、その社会的責任は大きいです。
ライター自身が企画提案して、取材から原稿完成まで一人で完結するような仕事の場合、情報の真偽はライターに委ねられ必然的に慎重になりますが、メディアや企業から依頼された取材・執筆案件の場合、先方(依頼者)側が校正・校閲するものだという固定観念から、つい確認が甘くなりがちです。ライター自身が得た情報なら当然責任を持つべきですし、たとえ先方から与えられた情報が間違っていたとしても、プロの書き手である以上、記事内容は書き手が全責任を負う気持ちで取り組む姿勢が次の仕事につながります。
SNSなど真偽不明の情報には、安易に「いいね」やシェアをせずに「ファクトチェック」する習慣を身につけましょうと、啓蒙を促すテレビ番組や雑誌の特集を目にする機会も近ごろ多いです。ファクト=事実、チェック=確認、簡単な英単語の組み合わせなので、言わずもがな「事実確認」として、その役割と重要性を感覚的に理解でき、それゆえにファクトチェックはそれなりに認知されていることでしょう。
上記した「ファクトチェック」は事実確認という一般名詞ですが、ジャーナリズムの観点から情報の真偽にとどまらず、その情報の発端や拡散されるプロセスを究明し物事の全体像をつかむ、新たな概念としての「ファクトチェック」の役割は大きく、その重要性からわが国においても専門団体が存在します。ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)はファクトチェックを推進・普及するための団体で、日本ファクトチェックセンター(JFC)はニュースや世間の話題をファクトチェックする団体です。
プロの書き手である以上、一般名詞のファクトチェックではなく、ジャーナリズムにおける新たな概念としてのファクトチェックを留意して情報に接することが求められ、それを実践することで幅広い視点、深い洞察が記事に反映されるはずです。生成AIがライターの宿敵ともなった今、ファクトチェックの知識と実践がライターにとって大きな助けになると考えます。

評価は白か黒でなく、グラデーションで示す
以下は、ファクトチェックのレーディング(評価)の基準です。『ファクトチェック最前線』(立岩陽一郎著/あけび書房)から引用しています。著者も同書で「ファクトチェックはどのような形でおこなっても、それが事実の検証であれば間違いではありません」と述べているように、このレーディングは一例です。
【正確】事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
【ほぼ正確】一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
【不正確】正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
【ミスリード】一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
【根拠不明】誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
【誤り】全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
【虚偽】全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
【判定保留】真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
【検証対象外】意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。
ご覧いただいて分かるように、事実・虚偽と白黒をつけるものではなく、グラデーションな判断になることを基本としています。真偽の証明が難しい場合は【判定保留】にし、意見や主観的な認識・評価に関することは【検証対象外】としているところに公平性と学術性を感じます。このことからもファクトチェックは、出来事や言説の真偽を分析・解明するもので、個人的な意見や評価を加えるものではありません。
ファクトチェックによって得られた情報に対して、ライターが意味付けしていくことで、上記した「幅広い視点、深い洞察が記事に反映される」と私は考えます。
大阪市が特別区になれば、経済成長するのか?
それでは、実際にファクトチェックをしていきましょう。ファクトチェックは、特別なデータベースや専門ツールが無ければできないというものではありません。ネット上にある情報を調べたり、公共施設や専門機関への電話での問い合わせをしたり、基本誰にでもできる方法を用いて検証していきます。重要なのは、客観的で正確な情報を収集し、客観的かつ論理的な思考で分析・判断することです。人間である以上、どうしても偏見や主観が入ってしまいますが、生成AIがそれを助けてくれます。生成AIのアキレス腱は、ハルシネーションというもっともらしい嘘ですが、複数の生成AIを使って、いろんな角度から繰り返し質問を変えて確認することで誤った情報をつかむことはほぼ無くなります。
大阪市を廃止して複数の特別区にする、いわゆる大阪都構想の3回目の住民投票が2027年春に予定されています。ここでは、大阪都構想の是非を論じるのではなく、「都構想が実現すれば大阪は経済成長するのか」について検証します。
都構想の目的の一つに経済成長があり、東京と同じ行政システムにすることで東京のように経済発展すると期待し、信じてやまない住民も多いと思います。橋下徹元知事、松井一郎前知事、吉村洋文現知事の維新歴代府知事は、異口同音に「都構想を実現して、大阪を成長させよう」と声高らかに訴え続けてきました。
結論から言うと、都構想が実現しても経済成長することにはなりません。東京府東京市が東京都に改変されたのは戦時下の1943年で、東京府知事と東京市長の権限を一本化し国家総動員体制の効率化を図る狙いがあり、時代背景から国防対策としての側面が大きいです。東京が経済発展しているのは、特別区という行政システムによるものが主因ではなく、首都として中央官庁や金融・経済の中枢が集中したことが主因です。許認可や政策情報の獲得において東京に拠点を置くことが企業にとって圧倒的に有利で、その結果、大手企業の本社が東京に集まり、それを追うように関連企業や高度人材が連鎖的に集積したという歴史的・構造的な背景によって東京は発展しました。たとえ大阪市が特別区になったとしても、それによって大阪が経済成長するという因果関係は成立しません。
特別区の行政制度は知事の権限を増大させます。大阪市の税収は大阪市のためだけに使うことができますが、特別区になると4特別区の税収は大阪府が一度徴収したうえで各特別区に分配されます。特別区の自治が町村より弱いと言われるゆえんです。大阪府はこれまでにない大きな財源を掌握することになり、知事のトップダウンで税金の使い道を決めることが可能になります。その結果、大阪が経済成長すると言うなら論理の飛躍、かつ希望的観測だと言わざるを得ません。レーディングに当てはめると、一応根拠はあるものの論理の飛躍のためこの言説は【不正確】です。
「修験道1300年で2人目の大峯千日回峰行満行者」とは事実か?
慈眼寺(仙台市)の住職、塩沼亮潤氏と言えば、今最も露出の多い僧侶かもしれません。修験道の総本山、奈良県吉野町にある金峯山寺で大峯千日回峰行を満行した史上2人目の僧侶として多くのメディアで取り上げられ、その修行経験から得た知見を講演するため国内にとどまらず海外にまで活動範囲を広げる活躍ぶりです。塩沼氏を語る際、「修験道1300年で2人目の大峯千日回峰行満行者」という印象的なフレーズを見聞きします。事実なのかファクトチェックします。
大峯千日回峰行とは片道24km、標高差1355mの険しい山道を一日1往復(48km)、山頂にある大峯山寺が開門している5月から9月の百数十日を毎日往復し、足掛け8年を費やし、やめるとき、失敗したときは持参の短刀で自害する掟がある、にわかには信じられない荒行です。この大変過酷な修行を、塩沼氏がされたことは疑いの余地がありませんし、そのことをファクトチェックするのは、おこがましく罰当たりです。「修験道1300年で2人目」について検証します。
修験道は役行者が開祖とされますが、伝説上の人物という説もあり史実として証明できません。しかし8世紀ごろから信仰されていた史実があり、「修験道1300年」という表現に誤りはなさそうです。1300年の間に、この修行の満行者が2人しかいないというのは事実か検証します。2人目の塩沼氏が満行したのは1999年です。1人目は、いつ頃でしょうか? 鎌倉時代でしょうか? 室町時代でしょうか? 何百年も前に生きた僧侶だろうと想像するのが自然です。なにせ1300年でたった2人ですから。
しかし、この修行を最初に満行した僧侶が生きた時代は、現代です。柳澤眞悟という僧侶が1984年に満行し、現在も僧侶として日々修行に勤しんでいます。私ごとではありますが、今年その柳澤眞悟氏を取材し記事にしました。取材の過程で、塩沼氏の売り文句「修験道1300年で2人目の大峯千日回峰行満行者」の言葉のトリックに気づきました。
明治政府の廃仏毀釈により、修験道は禁止され、復活するのは戦後です。戦後、金峯山寺では百日回峰行がおこなわれるようになります。千日回峰行の百日バージョン(50日目までは片道、51日目から往復)で、10分の1以下とは言え、満行すると地元メディアに取り上げられるほどの栄誉です。百日回峰行を満行した僧侶のほとんどは、その過酷さから二度と挑むことはないそうですが、柳澤氏はそれを2度満行した後、それでも飽き足らず、管領(寺の最高職)に許可を取りつけ、8年がかりで1984年に千日回峰行を満行します。
塩沼氏の売り文句「修験道1300年で2人目の大峯千日回峰行満行者」から、私たちは「1300年の歴史を持つ大峯千日回峰行で2人目の満行者」と想像してしまいます。「修験道1300年」だから「大峯千日回峰行」も「1300年」と直感的にとらえてしまいますが、「大峯千日回峰行」を発案したのは1984年に満行した柳澤氏です。虚偽ではないものの誤解を与える表現だと思います。しかしメディアがこのことに触れることはありません。指摘するのが畏れ多い気持ちと、メディアとしては箔をつけた状態で取り上げたい気持ちがあるのでしょう。ファクトチェックのレーディングに当てはめると、この言説は【ミスリード】です。
とは言うもののこの修行が大変過酷であることに変わりありませんし、同時代に2人の満行者が出たことは奇跡なのかも知れません。「片道24km、標高差1355mの険しい山道を一日1往復(48km)、それを1000日」この数字のインパクトは見る人が見れば人間業でないことが一瞬で理解できますが、「1300年で2人」のインパクトには及びません。そして、この二つの数字のインパクトが重なれば絶大になります。
ファクトチェックは、人によっては現実を突きつけられ夢が壊れる、つらい側面もあります。同時にその裏側では(事実を明らかにすることで)救われる人もいて、そういう人たちが救われることこそが道理です。私たちライターの役割は、事実を伝えながら物事、事象に関心を持ってもらうことではないでしょうか。現在、ライターを取り巻く環境は非常に厳しいですが、現実を正確にとらえ、その中から打開策を見い出し、不安から抜け出したいものです。そのためにも、プロの書き手としてのファクトチェックを実践していきましょう。
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