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昭和という時代

最近、「昭和って、いい時代だった」と思えます。昭和45年(1970年)生まれの私にとっての昭和とは、50年代60年代。とくに50年代前半のドラマや映画で見るファッションやセリフ回しが好きです。
セリフが“議論口調”でとても論理的にも関わらず、ストーリー構成が複雑というか分りづらく、セクシーで魅力的な女性がたくさん登場するといった印象を私は持ちます。この時代の女性の化粧が私好みなのでしょう。

昭和50年代前半と言うと、私は小学低学年。宿題と、いたずらをして父に平手打ちされるのだけがイヤだったことを鮮明に覚えています。
当時は好景気で、私の故郷、奈良県大淀町唯一の商店街も人通りが多く、そこで営業していた実家の洋装店(いまも営業中)も夜遅くまで店を開けていました。私にとって、この商店街は日本の、世界の中心で、すべてのモノが揃う大都会だと思っていました。社会の授業で地図帳を手にするまでは。

あらゆる技術の発達で、いまはお金と情報さえあれば、何でも実現、克服できる時代になりました。しかし昭和50年代は、いまは可能でも、その当時は不可能、あるいは発想すらできなかったことがいっぱいありました。たとえば、医療や美容の技術とか、世界中の商品がすぐ手もとに届く情報通信や運輸のシステムとか。可能性が劇的に多くなった分、当時の人たちが持っていた潔さがなくなったと思うんです。
戦前の人たちやそれ以前の人たちはもっと潔かったのかも知れませんが、私にとっては昭和50年代の人の潔さが一番心地いいのかも知れません。

いまは世界中の人たちと容易に繋がり、いつでも連絡が取れる時代なので、「まみえる」ことの値打ちもなくなりました。「一期一会」不在の時代と言ってもいいかも知れません。
これまで不可能だったことが、可能になるのはとても喜ばしいことですが、先人の価値観が薄らいでいくのは寂しいように感じます。しかし「いい時代だった」と懐かしむ人は、いつの時代にもいたと考えると、その気持ちも和らぎます。

来月、亡き父の27回忌があります。父にいろいろなところへ遊びに連れて行ってもらった少年時代、昭和50年代の頃を思い出しながら地元の大淀町でゆっくり過ごそうと思います。

 

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