ライターを生かすも殺すもコミュニケーション次第
(ライター依頼者およびライター向け記事)
コミュニケーションの大切さは仕事のみならず、人間関係を構築するうえで欠かせません。私自身がライターであり、ライターを手配する事業を営んでいることから、ライター業は特にコミュニケーションが大切な職種だと感じています。コミュニケーションさえきっちりしていれば問題なく遂行できたであろうライター案件をこれまで何度も見聞きしてきました。
ライターのコミュニケーションと言うと、取材対象者に対してのことだと頭に浮かびますが、その前段階にある編集者やディレクターなど、ライターに仕事を依頼する立場の人や取材・執筆の指示をする人とのコミュニケーションが最も重要です。依頼内容がインタビュー取材であった場合、依頼者とのコミュニケーションが不十分だとインタビュー取材そのものに大きく影響してきます。
例えば、家電メーカーA社の新社長B氏をインタビュー取材する仕事があったとします。掲載媒体は、A社の広報誌です。この広報誌の読者は、一般消費者がメインだとします。A社としては新社長B氏の経歴や人となりを紹介しながら、企業としてのイメージアップを図ろうとすることでしょう。しかし、ライターの依頼者である広告制作会社のディレクターからの具体的な取材や執筆の指示はありません。
取材としてはごくごく一般的なもので、B社長のこれまでの歩み、人柄が分かるエピソードを聞きながら、社長としての抱負を語ってもらうのが大筋です。必ずしも細かな指示を依頼者がライターに出す必要もありませんし、ライターが依頼者に指示を請う必要もありませんが、可能なら依頼者とライター間での共通認識を持っておくことで、より効率的かつ的確な取材ができ、原稿修正も最小限に留めることが期待できます。

詳細な指示なしに「とりあえず」取り掛かるのはキケン
同じ家電メーカーA社の新社長B氏をインタビュー取材するにしても、掲載する媒体が株主向けの場合、または社員向けに会社の戦略を共有するための記事の場合だったらどうでしょう? この場合、組織としての経営戦略の妥当性を示し信頼を得る意図的な情報発信をするのが企業広報の定石です。記事の趣旨、掘り下げるべき内容、それらによって引き出すべき読者の反応は最低限教えてほしい、指示してほしい事柄です。
しかし必ずしも、クライアント企業と広告制作会社ディレクターとの間で記事イメージの内容が詰められているとは限りません。大まかな方向性だけを決めて、とりあえずインタビュー取材をして、それで得た内容で記事を作成してみようということは案外多いです。しかしこの進め方は良くありません。ライターにとっては雲をつかむような取材・執筆になってしまいます。
料理で言えば、客が「野菜が豊富にとれる料理をお願いします」と料理人にオーダーするようなものです。野菜が豊富にとれる料理は無数に存在します。料理人が野菜ゴロゴロのカレーを作って出したとします。しかし客がカレー嫌いだったらどうでしょうか。「そうなら最初に伝えてほしい」と料理人としては当然そうなります。料理をオーダーする人は「まさかカレーを作るとは思わなかった」と。そんなばかげた話とあざ笑うことはできません。「とりあえず取材して原稿を書いてほしい」とライターに何も指示しないのは同じ理屈で、ばかげた話なのです。
「お客さまは神さま」的発想が関係性をいびつにする
「ライターに任せれば、取材も執筆もいい具合にやってくれる」とライター任せにするのは、職業的にライターと縁のない人です。しかし一度でもライターに仕事を依頼したことがあったり情報発信に携わっていたりするのであれば、ライターに具体的な指示をしなければ、見当違いの原稿が上がってくることは理解できているはずです。それではなぜ指示をしないのか? 私が思うにいくつかの理由が挙げられます。
責任を取りたくないのです。労力を使いたくないのです。クライアント企業にあれこれヒアリングしたくないのです。はっきり言って、仕事をサボっていると言っても言い過ぎではありません。そのつけは何度も修正を命じられたり、原稿が下手とクライアント企業からレッテルを貼られたりするライターに回ってきますし、(広告制作をしている)依頼者自身もクライアント企業とライターの板挟みになって、きっとしんどいはずです。
つまり、ディレクターはクライアント企業が明確に具体的に指示しないのが原因、ひいてはクライアント企業から明確で具体的な要望を引き出せていない自分自身に原因があることを十分に承知していながら、立場的に弱いライターに責任転嫁するのです。これはディレクター個人の資質と言うより業界的な課題だと常々感じています。業界を問わず「お客さまは神さま」という考えや「事なかれ主義」の日本的発想や風習の弊害だと考えます。
原稿の出来不出来はディレクターにかかっている
効率的にスマートに、取材執筆業務を遂行するには記事の完成イメージを、クライアント企業・ディレクター・ライターの三者が共有しておくことが望ましいです。しかし、立場上、ライターはディレクターに強要できないのと同様にディレクターはクライアント企業に強要できないのは、ビジネス上当然です。
クライアント企業から指示がなく、「とりあえず取材して原稿を上げてほしい」と言われているのであれば、ディレクターが主導でライターとやり取りをして、取材・原稿の方向性+アルファをまとめて、「クライアント企業にこの内容で進めます」と確認を入れるのが最善策です。それに対してクライアント企業としては何らかの反応を示さざるを得ないので、多少強引かもしれませんが、三者の共通認識が生まれ、仕事の進行はそれをしない場合と比べて、劇的に効率的に、そして建設的になります。
そのような行動をディレクターが取らない場合、ライター主導でやり取りをするほかないでしょう。その際は、ディレクターが寛大に受け止め、取材・原稿の方向性+アルファをまとめてクライアント企業に確認はしていただきたい。ディレクターに限らず依頼者は、ライターとのコミュニケーションを密にすることで、ライターのポテンシャルを引き出すことができます。それ故に、弊社は「依頼者とライターとの相性」を重視するのです。
ライターとコミュニケーションを密にしているにも関わらず、指示した内容の原稿でなかったり、求めるクオリティに達していなかったりする場合は、ライターの実力不足か依頼案件(取材・執筆)のミスマッチングの可能性が高く、ライターの起用が間違っていたということになります。逆に言うと、そこまで密にコミュニケーションをしなければ、ライターの良し悪しを判断できません。
最後にライターとして最も困る、ディレクターの対応を述べます。ライターがディレクターに原稿納品後、原稿に対しての感想など何のフィードバックも無く、しばらくして「クライアント企業が原稿を良く思っていない」とディレクターからライターに苦言が入るケースです。これって筋違いですよね? 原稿が良くなければ納品した時点(クライアント企業に納品をする前に)でディレクターがライターに原稿修正を指示するものです。それをしないのは、原稿に目を通していないのか、またはディレクター自身が「この原稿で問題ない」と考えている証で、責任の所在はディレクターではないでしょうか。
だからと言って、自分には責任ないとクライアント企業の反応を他人事として無視するライターはいないと思います。ただし、ディレクターが自分の非を認めたうえで、何がどう違うのかライターに説明して、具体的な修正指示や今後の対策を密にコミュニケーションする必要が不可欠です。そう考えると、ライターを生かすも殺すもディレクターなど依頼者のコミュニケーション次第ということがご理解いただけると思います。
【関連ブログ】
依頼者とライターの理想的な関係性とは?
https://www.writer.co.jp/risoutekikankei/
ライターと相性が良いとは、具体的にどういうことか?
https://www.writer.co.jp/aishougutai/
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