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稀勢引退会見に見る広報の本質

きのう1月16日、第72代横綱、稀勢の里が引退しました。19年ぶりの日本出身横綱となって最初の場所では、大けがを負いながら土俵に上がり優勝。超劇的なエンディングでした。しかしその勇敢な行為が仇となり、それ以降は休場、出場しても勝てず、「史上最弱の横綱」と揶揄され、本人にしか分からない想像を絶する辛いつらい日々を過ごしてきたことと思います。

昨夜から今朝にかけてテレビのニュースや情報番組で稀勢の里の引退会見映像を何度も見ました。稀に見る良い記者会見だと思い、人としてとても好感を持ちました。

力士に限らず、最近の一流スポーツ選手は饒舌で、後ろにスピーチライターがいるのではないかと思えるくらい、表現や言葉のチョイスが絶妙で、競技だけでなく言葉でもファンを魅了してくれます。

ひた向きな姿、配慮ある言葉遣いに人は好感を抱くもの

きのうの稀勢の里の引退会見は、私が子どもの頃に見た、多くを語らない昭和の力士そのものでした。「力士は口下手でないと」と思いましたが、見ているうちに印象は変わりました。

多くは語らないものの、決してぶっきらぼうではなく、説明すべきことはきっちり話します。必要なことはしゃべり、余計なことはしゃべらない。このバランスがとても良く、好印象でした。「余計なこと」とは、ファンを含めた好意的な人が、稀勢の里の口から聞きたくないこと。言い訳やネガティブな発言など。それらを意識したメディア戦略なのか、それが素なのか、私には分かりませんが、あの会見を見て、稀勢の里に悪い印象を持つ人などいないでしょう。

弊社はサービスとして、プレスリリースをはじめ広報支援もします。サイトにも記していますが、弊社ライトスタッフでは広報を「消費者および世間の人々が、自社および自社商品(サービス)に対して良いイメージを持ってもらうためにする行動であり姿勢」と解釈しています。これは組織だけでなく、一個人にも当てはまります。

広報とは、テクニックではなく姿勢そのもの

横綱として不甲斐ない稀勢の里は多くのメディア、国民にバッシングされました。しかし人格をバッシングされることはありませんでした。それは、稀勢の里が一所懸命に相撲道に打ち込み、邪念を抱かず、何よりもファンを大切にしていたことは誰の目にも明らかだったからです。メディアはそんな稀勢の里を「最も愛された横綱」と表現しました。

広報とは、世間の好感を得るための情報発信のテクニックではなく、その人、その組織の姿勢そのものだと、稀勢の里の引退会見を見て、改めて気づかされました。

※写真は、ガチャガチャでゲットした仏像フィギュアです。稀勢の里に似ていると思いませんか?

(参考)弊社サイトより
広報(PR)の重要性について
http://www.writer.co.jp/pr-important/

プレスリリースの役割
http://www.writer.co.jp/pr-foundation/

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